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前橋地方裁判所 昭和53年(ワ)240号 判決

原告 藤井新一

被告 国 ほか四名

代理人 小野拓美 高橋廣 平野恒男 天笠荘二 ほか三名

主文

一  原告の「別紙物件目録記載の土地につき昭和四八年五月一〇日農地法八〇条に基づいて被告国から訴外藤井良太郎に対してされた売り払いは無効であることを確認する。」との訴は却下する。

二  原告のその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  先ず、本件売り払いの無効確認の訴の適否について判断する。

原告は過去の法律関係である本件売り払いの無効確認を求めているが、原告が主張する事実を前提とすれば、原告は、原告又は各被告の現在の権利の存否の確認を求めることが可能である。そして、本件の紛争を抜本的に解決するには現在の権利の存否を個別的に確定するのでなく本件売り払いの無効を確定することが最も適切かつ必要と認められるような事情はなく、また、本件売り払いの無効確認は本件売り払いの無効から生ずる現在の特定の法律関係の存否の確認を求める趣旨と解することもできない。従つて、本件売り払いの無効確認の訴は、過去の法律関係の存否の確認を求めるものであり、それが許される前記事情もないので、不適法なものである。

二  被告山二商事株式会社は、本件売り払いは行政行為であるのでその無効を前提とする請求は行政事件訴訟法に基づいてするべきものであると主張している。しかし、農地法八〇条に基づく売り払いは私法上の行為であつて行政訴訟の対象となる行政処分ではないと解されており(最高裁判所大法廷昭和四六年一月二〇日判決)、右主張は失当である。

三  被告株式会社新潟相互銀行及び同株式会社市田商店は各根抵当権設定登記の抹消手続を求める訴についていずれも原告が本件土地の所有権に基づいて請求していないこと及び本件売払いは無効ではなく取り消し得るにとどまることを主張して却下を求めているが、右主張は訴訟要件に関するものではないので、本案に対する主張としてなら格別、本案前の抗弁の理由としては失当である。

四  そこで、本件売り払いの無効確認の訴以外の各請求について本案を判断することとし、最初に本件売り払いの効力について検討する。

<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、本件土地はもと訴外亡藤井新作が明治四三年一一月一日売買により所有権を取得したこと、訴外亡藤井新作は大正四年一月二七日死亡し、同人の長男である訴外亡藤井庄三郎が家督相続により本件土地の所有権を取得したこと、更に、訴外亡藤井庄三郎は昭和二年一二月二八日死亡し、先代良太郎が家督相続により本件土地の所有権を取得したこと、被告国は昭和二三年二月二日先代良太郎から自創法三条に基づいて本件土地を買収して所有権を取得し、中間省略により昭和二五年四月二〇日訴外亡藤井新作から被告国のために所有権移転登記がされたこと、農林大臣は昭和四七年二月三日農地法八〇条二項に基づき本件土地について自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする認定をしたこと、そして農林大臣は昭和四八年五月一〇日現良太郎に対し本件売り払いをし、本件所有権移転登記をしたことが認められ(以上の事実は被告国関係では争いがない。農林大臣が本件売り払い及び本件所有権移転登記をしたことは被告株式会社新潟相互銀行及び同株式会社市田商店関係でも争いがない。また、本件土地の訴外藤井新作から被告国に至るまでの所有権移転の経過は被告株式会社市田商店関係では争いがない。)、右認定に反する証拠はない。

右認定した各事実を前提とすると、現良太郎は農地法八〇条二項に規定する旧所有者ではないので、本件売り払いは農地法八〇条二項に違反するものであるといわねばならない。そして、原告は農地法八〇条二項は強行法規でありそれに違反した本件売り払いは無効であると主張しているので、農地法八〇条二項が民法九一条に規定する公の秩序に関する規定すなわち強行法規であるかどうかを検討しなければならない。

農地法八〇条は、自作農の創設等の用に供するという目的のもとに買収された農地について、買収後に自作農の創設等の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、旧所有者にこれを回復する権利を保障する措置をとることが立法政策上当を得たものであるとの趣旨で設けられたものであるから、農地法八〇条には自作農の創設等の同法一条が規定する公共目的はなく、旧所有者に回復する権利を保障したのは、その他の公共目的によるものでもなく、国が保有する必要のなくなつた農地を合理的に処分するための政策的配慮によるものであると解せられる。そこで、農地法八〇条二項は、自作農の創設等の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、農林水産大臣を自作農の創設等の目的に供しないことの認定を行なつて旧所有者に売り払わなければならない旨拘束しているだけで、一般国有財産の払い下げと性質上異なるところはない。また、売り払いが無効とされた場合には売り払いを有効と信じて取引した者すべての権利取得が覆えされることも考慮する必要がある。以上を総合して勘案するに、農地法八〇条二項は、同条項に違反して旧所有者以外の者に対して売り払いがされた場合、強行法規と解するのは相当でなく、売り払いの私法上の効果には影響がないと解すべきである。従つて、本件売り払いは有効である。

五  さて、以上認定したとおり本件売り払いは有効であるので、被告国、同株式会社新潟相互銀行、同株式会社市田商店及び同有限会社大和不動産に対し各抵当権設定登記又は根抵当権設定登記の抹消手続を求める請求並びに被告山二商事株式会社に対し仮差押の不許を求める第三者異議訴訟は、いずれもその余の争点について判断するまでもなく、理由がないものである。

六  次に、被告国に対し本件土地の売り払いを求める請求について判断する。既に認定したとおり本件土地につき農林大臣が昭和四七年二月三日自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする認定をしたが、昭和四八年五月一〇日本件売り払いがされ、本件所有権移転登記がされた事実が認められ、本件売り払いが有効であることは前述のとおりである。従つて、本件土地は昭和四八年五月一〇日以降は農地法八〇条一項が規定する農林水産大臣が管理する土地ではなくなつており、同条二項に基づく旧所有者の売り払い請求権も同時に消滅したと解されるので、右請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないものである。

七  よつて、原告の本訴請求は、本件売り払いの無効確認の訴については不適法であるから却下し、その余の請求については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川名秀雄 大島崇志 本間栄一)

別紙 物件目録 <略>

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